愚行権!!社会福祉士の葛藤
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2026.09.19
先日、もの凄く象徴的な出来事がありました。
癌末期の患者さんが、医療関係者の意見を無視し「家に帰る」と無理やり病院から自宅へ帰った方へのサポートの相談がありました。
通常であれば、「自分で最後の場所を選んだのだな、それはそれで自己決定を尊重するべきだな」と思うところです。
私は、以前研修の一環として、論文の抄録を作成した際に「愚行権」について考察しました。
「愚行権」というのは、正式な言葉ではなく、考え方の総称のような位置付けのようですが、意味としては「いかに愚かしい行為と思われても、他者に害を与えない限り、個人の自由は尊重されるべき」という、日本国憲法第13条(幸福追求権・個人の尊重)「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、最大の尊重を必要とする」と定められていることを根拠にした考え方と言われています。
個人的には「愚行権」大いに尊重されるべきという立場で抄録は書き上げたと記憶していますし、今もそう考えています。
担当者会議に出席を求められることも多く、そんな時によく感じます。
非常に気持ちは良くわかるのですが、担当者会議の場においてケアマネさんや看護師さん、介護士さんなどは、常に「正しいこと」をご利用者さんにお伝えしています。
「甘いものや塩分の強いものは控えましょう」「清潔を保ちましょう」「健康のためには〜しましょう」専門職として当然の発言でしょう。すごく当たり前のような光景ですが、私はそんな時いつも思います。
その正しさは本当にご利用者さんにとっての正しさなのかな?専門職として、正しさの押し付けになってないかな?と。
もちろんご本人と綿密に話し合った上での発言である場合も多いでしょうし、杞憂のことも多いかもしれません。
しかし、ご本人の幸せやQOLの向上を真に考えた時、「愚行権」も十分尊重されるべきではないでしょうか。
ただし、ここで難しいのは、「公共の福祉に反しない限り」という部分での線引きです。
広くみれば、社会的なコストの問題も絡み、バランスを取るのが非常に難しいと思っています。
たとえば、糖尿病の方が自由に自分が好きなように食事を取ること、これは一見誰にも迷惑をかけない、自分にしか害は発生しない(将来的に)ことのように思えますが、その後の医療的ケアを考えると、医療費の増加による社会的コストの増加が予想されます。
その辺はどう考えれば良いのか、どこまでは許されてどこからは許されないのか。
そもそも、誰がそれを判断するのか。
などなど、一概に「こうだ!!」と言えることが難しい考え方だとも理解しております。
今回の場合、その方は十分な自宅療養の準備が整わない状況の中、医療者の助言には全く耳を貸さず病院を後にしました。
しかも、経済的にも在宅療養ができるような状態でもなかったし身寄りもない状態、となると前述したように「自分で最後の場所を選んだのだな、それはそれで自己決定を尊重するべきだな」と思って良いものか・・・。
病院の相談員さんは、短い時間の中、在宅療養に切り替えるために、方々手を尽くしなんとか在宅での療養ができるように突貫で手配。
その一環として、私にもお声がかかった訳です。
病院の相談員、ケアマネ、地域包括支援センター職員、民生委員、訪問診療医、そして私、退院した当日の夕方本人の自宅に集結しています。
かなり多くの問題を抱えたまま、己の希望を押し通した結果、数多くの人間を急遽振り回しました。
ちょっと意地悪な言い方ですかね。
さてさて、その時の病院相談員さんの心労たるや想像に難くない訳ですが、この場合「愚行権」を考慮してもどう捉えるべきか・・・。
正解はないのかもしれませんが、私自身葛藤があったのは否めません。
ちなみにその方は、翌日、自身の意向で病院へ戻り、その日の夕方病院で永眠されました。
本人は満足して旅立ったのでしょうか・・・。

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身寄りがないということ
身寄りがないという状況は一言で表すことができません。
なぜなら、さまざまな場面により誰もが身寄りがない状況になり得るからです。
「天涯孤独で誰も頼る人がいない」という場合は自分でも身寄りがない状態だと認識できる非常にわかりやすい状況ですが、実のところこのような方はあまり多くはありません。
エビデンスがあるわけではないですが、肌感覚として一番多いのが「甥や姪はいるが協力は頼めない」という状況、甥や姪をいとこや兄弟と置き換えても同じことで、親族はいるが高齢になったのち身の回りのことや施設入所に際しての対応までは頼めない、という方が圧倒的に多いと感じております。
また、頼りにしていた子供を先に亡くしてしまった、頼りにしていた親類がいるがいざとなったら協力を断られた、ということも往々にしてあります。
お子さんを先に亡くしてしまうというのはなかなか予測できることではないし、非常に残念なことですが、誰にでもあり得ることだと感じております。
一方で、頼りにしていた親類に協力を断られるというのは、「頼れない、頼めない」のではなく最初は非常に協力的に支援してくれていたが、だんだん負担が増えていき、その親類自体に限界が来てしまい協力をことわられてしまう、ということが多いのではないでしょうか。
また、協力的な親類や家族はいるが、金銭的協力まではできない、ということで経済的に身寄りがないような状況になることもあるでしょう。
そう考えると、誰もが身寄りがない状態になり得るということがご理解いただけると思います。
そんな時どうすれば良いのか?
誰に相談すればいいのか?
ぜひ一度「社会福祉士ながおか事務所」にご相談ください!!
当事務所は、地域の居宅支援事業所(ケアマネさん)や地域包括支援センター、行政や病院などの他機関と協力し、どなたでも住み慣れた地域で自分らしく生活できるようご支援させていただきます。
ご高齢になった際、身寄りがないことで適切なケアや適切な制度利用ができない、住み慣れた地域で生活することができない、そんなことがあってはいけないと考えております。
しかし残念ながら、現時点では身寄りがないことが問題となる社会構造です。
身元引受人(身元保証人)、連帯保証人となる方がいないと施設に入所できない、そんな事が日常的にあります。
今の構造では、施設としても当然そうせざるを得ない状況なのです。誰が契約を担保し、誰が支払いなどを行い、いざという時に誰が対処してくれるのか・・・。その辺がはっきりしていないと支援したくでもできない状況といえます。
よくあるのが、入院したはいいが退院時に自宅へ戻れる状態ではなく一度リハビリ施設に入所しリハビリしてから自宅へ、またはケアが必要な状態なので介護施設へ、という際に身元保証人がいないため行き場をなくしている方が多く存在しています。
このままではいけない、将来推計ではおひとり様が今後も増加する予測が立っているのに、身寄りがないことが問題となる社会構造では困る人だらけ・・・。
当事務所では、そんな社会構造を地方から変えていけるよう微力ながら活動をおこなっております!
終活支援と称しての活動や福祉施設入所時の身元保証(連帯保証)、死後事務や緊急時の駆け付け支援、関連講師活動など、関係機関や協力していただける仲間たちと共に、少しずつ少しずつ前進しています。
東北地方の片隅から身寄りがない事が問題とならないための地域作りも始めてまいります!
そんな社会福祉士ながおか事務所が、生涯に渡り寄り添いご支援させていただきますので、お困りの際は遠慮なくご相談くださいね!!
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庄内終活を考える会、しばらくはセミナー関係の活動です!!
